2008年 05月 27日
親の安心によって子供が”失う”もの
日経トレンディネットに
 親の安心によって子供が“失う”もの 「携帯フィルタリング」の波紋
という連載があります。

 昨日紹介した本と似た立場で書かれているなと思うことがあります。
 たしかに,ケータイを何の予備知識もないまま子どもたちに使わせるのは危険です。しかし,だからといって【現状の】フィルタリング規制を立法化して,厳罰に処するようにすれば解決するような単純な問題ではありません。

 バイクであれば,3ない運動は大きな成果をあげました。たとえそのため,学校で交通安全教育ができなかったとしても(学校ではバイクの免許取得を禁止しているから,上手な運転方法などの指導などは不要。自転車でも小学校からのっているんだし,中学や高校でやるべきことではないでしょう,など)といっていたとしても,卒業したらバイクに乗るでしょう。
 しかし,高校卒業したら,バイクよりも(多くの子どもたちは)クルマの運転のほうに魅力を感じるはずです。そして,自動車学校に通います。トーゼン無免許のボーソー族もいるでしょうが,多くの若者は免許を取得するために「教育」を受けます。

 ところが,ケータイやインターネットの利用方法だとどうでしょうか?
 フィルタリング規制を解除できる年齢になった段階で,「ケータイ学校」「インターネット学校」で免許を取るでしょうか?
#そういう方法もあるでしょうけど^_^;

 フィルタリングで失うものは地方の若者の行き場だけではすみません。
 ケータイやインターネットを『ガス抜き道具』に使わなくてもすむようにする社会の実現を目指すことを同時にすすめる提言が欲しいです。
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by ji3faf | 2008-05-27 20:01 | 情報教育


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