2006年 02月 18日
危機管理と「教科「情報」で何を教えるか?」
黒田先生が日本文教出版の「ICT・Education 」に寄稿された論説が公開されていることを、わたやんのブログで見つけた。
 題して「教科「情報」で何を教えるか?
 いいたいことをずばり指摘してあって、すっきりした。
 でも,これらデジタルメディアにより,私たちの思考,考えるという行為はより良くなってきているのだろうか。単に集めた情報を考えることなく,自分の考えと勘違いしてしまってはいないだろうか。また,考えるためのトレーニングは十分に行われているのだろうか。

 また,大学入試科目でないので教科「情報」は不要であるという議論は,全く意味が無いことも明らかであろう。教科「情報」穀潰し論者は,高校教育の役割を勘違いしている。

これらは、「いまさらなにを」という人もおおいでしょう。でも、毎年子どもたちの情報機器に対する習熟度・感性はちがっているということを知ってほしいです。
 
 (1)情報活用の実践力
 (2)情報の科学的な理解
 (3)情報社会に参画する態度

の中身が毎年違うんです。その結果、危機管理ができない人間が育ってしまう。
 黒田先生の場合は「携帯電話が使えなくなった学生は大混乱」という実例を述べておられるわけですが、
 
宿の予約をするときに「携帯電話が使えますか?」と確認することを忘れただけ

と考えた方がいたとしたら、それはやっぱり危機管理ができていない証拠。
 携帯電話の電池切れ
 携帯電話会社の基地局の故障
 万が一の災害
など、ある程度のトラブルを予想し、その場合の代替案を考えておくことが大事です。

 私たちは、講演依頼されると、万が一のことを考えて、たいていの機器を持ち込みます。
プロジェクタが使えますといわれても、場合によってはスクリーンも運びます。
インターネットが使えますといわれても、近くなら事前にリハーサルをしに行きます。だめならPHSとか、携帯電話とかの遅い通信路を使用しての「B案」、それすらビルの壁で電波が届かないこともあるので、全く通信できなかったときの「C案」とかも考えておきます。

 危機管理の想定外の事故だってありますが、何も想定していないより数倍はマシです。

 データもバックアップしてあるつもりが、「読み出せない」ということもありますしね。
悪いことは、どんどんと悪い方に転がるもんです。それを「想定内です」といえるように「考える人」になることが教育なんだと思います。
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by ji3faf | 2006-02-18 22:13 | 情報教育


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